2022/02/07





『今だから!植木等』発刊のお知らせ

私の寄稿文16Pが掲載された高田雅彦著『今だから!植木等ー“東宝クレージー映画”と“クレージー・ソング”の黄金時代』がアルファベータブックスより発刊されました。


登場人物:小松政夫・斎藤誠・砂田実・古澤憲吾・坪島孝・浜美枝・柳生悦子・竹中和雄・渡邊毅・高田梅三郎・小中千昭・谷啓・世良譲・渡辺香津美・山岸潤史 他・藤元康史

コロナ禍の渦中である「今だからこそ見たい!聴きたい!植木等の映画と歌」とのメッセージを込め、植木等研究本としてのリリースです。

著者とは、クレージー映画ロケ地巡りの企画である「成城・せたがや映画散歩」にて出会い、私のプロデュースしたMIEMU2017企画展「植木等と昭和の時代」制作において、大林宣彦監督へのインタビュー取材をコネクトしていただいた恩人でもあります。

著者は38年前に成城大学校友と音楽仲間のコネを駆使して自主映画「刑事あいうえ音頭」を製作・主演し、この作品に植木等、谷啓、桑田佳祐らにノーギャラ出演してもらったという伝説を残す人物で、本編を観た私はノリで出演したキャストたちと、こんなことがまかり通った時代に仰天した次第・・・

本書の起案にあたって協力を依頼されたため、微力ながらプロダクションへのコネクトや、資料提供、インタビューセッティングを協力させていただいた。

また、寄稿の依頼も受け、植木没後ますますその存在の大きさをかみしめている、この人無くして「植木等」はなかった植木徹誠老師と、我が師匠についてを巻末に16P掲載されています。

植木等・クレージー映画・音楽ファンはもちろんのこと、昭和・大衆・娯楽映画の解説本としても大変面白い内容となっており、お読みいただけると幸いです。

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本書は、東宝映画研究家でクレージー音楽のファン・マニアでもある高田雅彦氏が、1984年撮影の自主映画に植木等の出演を果たしてから38年持ち続けた夢の集大成と言える。

高田氏は本書にある通り幼少から映画・テレビでの植木等の大ファンとして育ち、上京して東宝撮影所の近所である成城大学に入学し、そして植木息女と校友であるコネを駆使して、砧植木家の庭で植木等を自主映画に出演させてしまい、その後クレージー映画・音楽研究を継続していたところ、これにとどまらずとうとう412Pに及ぶ植木等研究本の刊行に至ったのは、まさにクレージー映画ばりのホラを吹きあててしまった。

著者選定のクレージー映画7本と挿入歌の解説は、それぞれの時代背景やエピソード、証言を高田氏独自の取材と観点からまとめあげていて、植木ファン初級から上級者まで楽しめる内容になっている。
実際に私が大変おもしろく読めた。

また、東宝の著作権がかかるスチールをこれだけふんだんに使えたことも非常に贅沢なことだ。
各作品の高田氏文章と共にマッチする東宝秘蔵画像をも楽しんでいただきたい。

私の寄稿文について。
高田氏にこの企画が本決まりになってから内容は完全にお任せするので寄稿するよう依頼を受けた。
これまで1人秘密にしていた話を今回記した。これは不条理と沈没し行く日本への問題提起である。

映画・音楽の解説は高田さんが専門であるし、当時にまつわるエピソードはリアルタイムで付いていた小松さんのインタビューでお楽しみいただきたい。

小松さんへのインタビューは2020年1月に行ったが、これは2019年末に舞台『うつつ』 小松政夫の大生前葬を打ち上げた後の検査入院と治療入院の間で、このタイミングでしかインタビューの時間は取れなかったであろう。
まさに小松さん生前最後のインタビューとなった。 

実は、クレージー映画上映会と小松政夫トークショーをセットして町興しイベントで催せないか、と地方有志から相談を受けていた。

パワー溢れるポジティブ映画と、この時代・制作現場を生で知る証言者とのセットはもってこいで、人の為になるイベントはきっと植木も応援してくれただろう考えていたが、小松さんなしではトークショーセットは成り立たなくなってしまった。

しかし、植木等が遺したものは娯楽映画だけではない。
クレージー映画30作終了の後、50歳を過ぎて植木が主演した『本日ただいま誕生』(原作:小沢道雄・監督:降旗康男・渡辺プロダクション)は、性格俳優への転機となった実話にもどづく名作である。


この映画は過去を問わず、たった今から生まれ変わって生きる(生まれ変われる)ことを描いている。

第二次大戦出兵から敗戦でシベリアに抑留され、零下40度の極寒で凍傷におかされ両足を切断し、引き揚げ時には満州の草原で鉄道まで担架を担ぐ同僚兵士4人に捨てられたが、奇跡的に現地人に助けられた。
そして、帰国し自分を捨てた元兵士と再会し、許し、裏切り、厭世と流転したのち、見知らぬ人々との交わりから真理を会得したのだ。

いまだ繰り返し私に感動を呼び起こすこの映画を必要とする人がきっといると感じ続けている。もしこの映画を届けることができるなら、植木から託された私にこそできる役割ではないか。

プランはできている。
問題は著作権だが、この映画は100%渡辺プロだから相談してみることにしよう。


2020/12/12

「小松政夫」さん逝く

小松さんが亡くなった。享年78歳。

最後に会ったのは今年1月、最後に電話で話したのは夏だった。

去年の10-11月に小松さんは「うつつ 小松政夫の大生前葬」なる舞台に主演し、私はその題名に洒落だけではないものを感じていた。小松さんは実直な博多男で冗談を口軽く言う人ではないのだ。

チラシに<斎場>と載せられたキンケロ・シアターには洒落の分かる博多華丸・大吉から供花が届けられていて、その他多くの祝花との対比を見て、狙ってできない小松さんらしい絶妙なジョーダンになってるなと思った。

訃報記事で提携事務所から出た”昨年11月に入院したため、同舞台を終えた後、体調を崩したと見られる”とのコメントが報道されているが、この舞台中に要治療であることは分かっていたのだ。ということは、やはり小松さんは口軽く病気のことを話さなかったということだ。

私は「植木等」に関する書籍の発刊を企画するある作家から、小松さんへのインタビューセッティングを依頼されていたこともあり、舞台前から日時の相談を何度か相談していた。その時から小松さんは検査入院や仕事の予定があってうまく設定できていなったのだが、主演舞台が上演されるなら、これは舞台楽屋で会って相談することが機であると思い訪ねることにした。

楽屋でのスナップを見返しても、小松さんが小さくなっているように感じる。小松さんは世辞のない舞台の感想を私に求めながら、演出家に対する文句やら<喪主>として公演を打ってくれたエイベックスや共演者への感謝を口にし、続けて最近の体調や、検査のことや、先の予定などをひと通りと、癌であることを私に話した。そして、病院日程が空く来年1月にインタビューを設定することを、ずっと気になっていたとして応じてくれたのだ。

そして、年が明けて1月18日約束通り、小松さんは私を立てる義理で、細くなった体で芦花公園の小松さんいきつけの店に現れインタビューを受けてくれた。このインタビューはこれまで小松さんが語り尽くしてきたネタがほとんどだが、それでも植木さんの歌に関するくだりは取材者もはじめて知る話ばかりでと、とても喜んでくれた。当時最も近くで見聞きした弟子の証言なのだから、取材者はたまらないだろう。私も植木さんの実像と見聞きしてきたことがオーバーラップしてこの上ない贅沢を体験した。そして、インタビューを終え店の前で作家達と別れて、私は小松さんを家まで見送った。これが会った最後になる。小松さんの最後になる貴重な証言が書籍という形になりファンに届くことを願いたい。

遡って私が小松さんにもっともお世話になったのが、三重県総合博物館(MIEMU)で私がプロデュースした2017年企画展「植木等と昭和の時代」において、2ヶ月の開催期間中に2回企画したトークショーに出演してもらったことだ。植木等の弟子なのだから、それは当然ともいえることかもしれない。でも私の希望するままに、できることなら何でもすると、2回の開催に応じてもらった小松さんにとても感謝している。また、小松さんも私と同等以上の気持ちで植木のオヤジへの感謝をもって受けてくれたことも言わずもがな共有している。おかげで博物館ロビーに多くのゲストを迎えられて大成功となった。

さらに、この企画展一連がさらにこの後へと繋がっていったことに驚くことになった。企画展開催中に、小松政夫原案・NHKドラマ「植木等とのぼせもん」の企画が進行していたのだ。小松さんからトークショーへの三重往訪道中で、自分の書いた本がNHKでドラマ化されることが決まったと聞いた。小松さんは企画展、CM、ドラマ化と「植木等の大波が来ている」と表現していた。そして企画展期間終盤に渡辺プロから連絡があり、NHKプロデューサーがたっての希望でドラマ作家を伴って生の植木等を取材したいとなり、渡辺ミキさんがエスコートして企画展にやって来るというのだ。後日、一行は新幹線、近鉄特急と乗り継ぎ来津され、企画展をくまなく鑑賞した後、プロデューサーからは素晴らしかった、とても参考になったとのことだった。その後、ドラマが制作・放送されたのは周知の通りで、私も協力させていただいた。小松さんも淀長さん扮する本人として出演し書籍のドラマ化は現実となったのだ。小松さんがこのドラマ化に関して、MIEMUの企画展が繋げてくれたと、事あるごとに私に謝辞を返されたことが忘れられない。

師匠植木等について、居酒屋、新幹線、酔ったあげくなんとコンビニでも、酒を交えて本当に多く2人で語り合った。私が小松さんに対して羨望の気持ちがあったように、小松さんは私に嫉妬はあっただろうか。嫉妬させるぐらいの師弟関係に映っていたなら最善を尽くした自分の仕事を嬉しく思う。植木等という昭和芸能史における偉人も、小松政夫という人間あって名のある弟子を輩出できたのだ。その兄弟子が存在したことが、私への恩恵にもなっていることに感謝したい。ありがとうございました。

小松政夫は植木等の実質的な最初の弟子といえる。一方私は最後の弟子だ。28歳の差があるこの頭尾2人を繋げたものは尊敬できる師匠・植木等という人格者である。私は付き人という言葉が昔嫌いだったが、その人が植木等という偉大で師表足る人格者だっおかげで、その人を世話助けすることを生業とする職業だった「付き人」をこの歳になり今ようやく誇らしく思える。それは何よりも、植木の弟子・付き人であった恩恵を、小松さんも私も大きく受け続けているからで、小松さんと私の間には時代と道程を超えて同じ師匠・オヤジをいただいた繋がりがあるのだ。

小松さんの人生は幸せだったと思う。だって、78歳まで喜劇人を全うできたのだから。




うつつ 小松政夫の大生前葬(2019-11)










2017MIEMU 小松政夫トークショー①














2017MIEMU小松政夫トークショー②







2017MIEMU小松政夫トークショー③








2016東宝スタジオにて













MIEMU・conveni・cafe・backstage

2020/07/01

植木等番組・NHK『歴史秘話ヒストリア「スーダラ節が生まれた」』放送

NHK総合「歴史秘話ヒストリア『スーダラ節が生まれた』」より。(写真提供:NHK)


【植木等番組】NHK『歴史ヒストリア「スーダラ節が生まれた」』放送のお知らせ

【本放送】 7月1日(水)NHK総合 22:30~23:15

【再放送】 7月7日(火)NHK総合 15:08~15:53

【NHKプラス】放送後7日間WEB、スマホで視聴可能

本来はオリンピック直前で組まれていた枠ですが、各番組コロナ禍の影響が多大に出ている中、無事に放送が決定しましたので告知させていただきます。 この時代だから植木等の番組を作りたいと、20代のディレクターが企画書を持って来訪された時には、若い世代にも影響を与える植木さんはこうして次の世代にも繋がっていくのかな、凄いことだなと思いました。 キャラクターを決定づけた代表曲「スーダラ節」誕生には様々なエピソードが隠れていて、芸能界の雄・ナベプロ社長渡辺晋、後に直木賞作家・都知事となる青島幸男、そしてこれまで民放番組上なかなか大きく取り上げられなかった裏で、じつは植木等が最も強い影響を受けた父植木徹誠を交えたエピーソードに公共放送がスポットを当てて制作した意義が大きい番組です。 私は保管する資料と、植木さんからいただいた宝物と一緒に、なんと、私のオフィスにNHKのカメラが入りインタビュー出演しています。 ”わかっちゃいるけどやめられない” この人間の普遍的テーマにどう向き合って誕生したのか、コミックソングと認知されている裏に隠された物語をつむぎながら、植木等・スーダラ節の魅力に迫る番組です。 (敬称略失礼致します)

2017/10/05

東洋大学「植木等展」開催決定

10月11日より、東洋大学「植木等展」を開催させていただくこととなりました。






東洋大学「植木等展」はNHK土曜ドラマ「植木等とのぼせもん」と神保町シアター「ニッポンを元気にした男 植木等と渡辺プロダクションの映画」との連携事業です。



ドラマ、映画の植木等を観るものそれは楽しいですが、「植木等展」では(植木さんへ宛てて)”昭和最大のコメディアン”と評している小林信彦氏書簡や、なんと!クレイジーキャッツメンバーの楽器(植木ギター、ハナドラム、谷トロンボーン、安田サックス)を特設展示など、実物を直に観賞していただく醍醐味があります。
また、植木さんの展覧会のためなら喜んでと、メディアでは一切放送されていない、展覧会のために収録された、ここだけでしか見られない超豪華な皆様の特別インタビュー映像を展示します。
星野源君とのコラボでも話題になった「ライバルは1964年」、次の2020東京に向かってノスタルジックなキーワードである「昭和」のエンターテインメント=植木等を、世代を超えておたのしみいただければこんなに嬉しいことはありません。
今回、ドラマ放送が決定してからの会場探しだっため、どこも押さえられず断念しかけていたところ、卒業生の功績に応えたいと母校の東洋大学から会場提供と運営費支出といったご厚意を得て開催が実現しています。
これも植木さんの人徳に違いありませんが、感謝の気持ちでいっぱいです。
広さが限られた会場ではありますが皆様とお会いできることを楽しみにしております。


・名称:東洋大学「植木等展」
・会場:東洋大学白山キャンパス8号館特設会場
・メイン展示:昭和のスター植木等展
・特別展示1:東洋大学と植木等
・特別展示2:NHK土曜ドラマ「植木等とのぼせもん」写真展
・期間:10月11日~22日(15日休館)・主催者:東洋大学
・入場料:無料
・協力:渡辺プロダクション、渡辺音楽出版、比呂公一
・監修:藤元康史(展覧会プロデューサー)
・制作協力:NHKエンタープライズ
・特別インタビュー映像:大林宣彦、小松政夫、砂田実、大地真央、所ジョージ、成岡道次、松任谷正隆、三宅裕司、山田昌
・寄稿:岡原正幸、田村耕一、西村伸子、藤元康史
(敬称略・五十音順)

















2014/10/21

「本日ただいま誕生」台本 植木等さん遺品より見つかる

「本日ただいま誕生」台本画像



「本日ただ今誕生」が2014年10月25日東京国際映画祭にて特別上映される。
 ・http://www.nihon-eiga.com/osusume/tadaima/

昨日の中日新聞の一面に掲載されたとか。
 ・http://www.chunichi.co.jp/article/front/list/CK2014101802000254.html


この映画は資金難から紆余曲折して完成し、上映も短期間しか行われずフィルムも行方知れずとなっていたが、渡辺プロダクション倉庫からこのタイミングで見つけ出されるべくして見つけられた後、これまた通るべく道を通って35年ぶりに大衆の眼前に映されることとなる。

この映画は撮影ロケでホテル代を踏み倒した(降旗監督談)くらい訳ありだったことから一般の方々に向けて情報提供を呼びかけるほど資料が無かったとのことで、私自身思い返しても、生前の植木さんからほんの一片しか話を聞いた記憶がない。

そこで、植木家から頂いた(私としてはお預かりしている)遺品、資料を探したところ、上映5日前の今日、植木さんの台本が見つかったのだ。
早速渡辺プロへ連絡して、特別上映の資料として貸し出し提供をさせていただくこととなった。


植木さんの反戦精神をご覧あれ。


2014/09/14

植木等・幻の主演作『本日ただいま誕生』東京国際映画祭にて特別上映決定!

共同通信PRワイヤーより引用
http://prw.kyodonews.jp/opn/release/201409123665/


植木等 幻の主演作が35年の時を経て、現代に甦る!
『本日ただいま誕生』
~第27回東京国際映画祭にて特別上映決定!~
 日本映画衛星放送株式会社(東京都千代田区/代表取締役社長 杉田成道)が運営する日本映画専門チャンネルは、10月23日から開催される第27回東京国際映画祭にて、植木等 幻の主演作とも言われる『本日ただいま誕生』の特別上映イベントを開催いたします。

 今回、特別上映する『本日ただいま誕生』は植木等自ら映画化を熱望。中村敦夫・川谷拓三ほかクレージーキャッツのメンバー全員が友情出演を果している作品。しかし、1979年の公開当時ごくわずかな劇場で短期間上映されて以降、35mmフィルム原版の行方が分からぬまま35年間に渡り幻の作品として誰の目にも触れずに眠っておりました。
ところが2012年、生前植木等が所属していた渡辺プロダクション所有の倉庫の片隅で偶然フィルムが発見されました。そこで渡辺プロダクション、東京現像所そして開局以来多くの未ソフト化、未DVD化の作品をハイビジョン化し放送することに取り組んできた日本映画専門チャンネルがタッグを組んで2年がかりで復元、HD化に取り組み、ついにハイビジョン作品として復活。このたび東京国際映画祭で特別上映する運びとなりました。

 上映にあわせ、本作で監督を務めた『鉄道員』、『あなたへ』等で知られる名匠・降旗康男をゲストにお招きし、撮影当時の秘蔵エピソードを伺うトークショーを開催(予定)。当時の植木等とのエピソード含め様々なお話を伺います。
“日本一の無責任男”として日本映画史にその名を刻む名優・植木等の知られざるもう一つの男の顔。35年の時を超えて明らかとなるその素顔を、是非劇場の大きなスクリーンでお確かめください!

■『本日ただいま誕生』 とは?
1979年公開。「スーダラ節」や映画“無責任シリーズ”で一世を風靡したクレージーキャッツ植木等主演。物語は第二次世界大戦後、シベリア抑留中に凍傷におかされ、両足を切断した大沢雄平(植木等)が敗戦後の日本でたくましく生き抜いていく波乱万丈の一代記。監督は名匠・降旗康男。植木等渾身の一作が現代に甦る。
監督:降旗康男 脚本:下飯坂菊馬
出演:植木等/宇津宮雅代/川谷拓三/北村和夫/ハナ肇/谷啓/犬塚弘/桜井センリ/安田伸/中村敦夫

■『本日ただいま誕生』 関連グッズ、関連情報 募集中!
1979年にごく短期間しか上映されなかった本作は、関係会社の手元に資料が一切残っておらず、現在唯一ポスターだけが見つかっております。もし公開当時のパンフレットやチラシ等関連グッズをお持ちの方、また公開当時劇場で本作をご覧になった方などいらっしゃいましたら『本日ただいま誕生』特設ホームページへ情報をお寄せください。ご協力頂いた方の中から抽選でチャンネルオリジナルグッズをプレゼントいたします。
『本日ただいま誕生』特設ホームページ:http://www.nihon-eiga.com/osusume/tadaima

■第27回東京国際映画祭 開催概要
イベントタイトル:第27回東京国際映画祭    
開催期間:10月23日(木)~10月31日(金) 
会場:六本木ヒルズ(港区)、TOHOシネマズ 日本橋(中央区)他          
オフィシャルHP:http://www.tiff-jp.net     
併設マーケット:TIFFCOM2014(Japan Content Showcase 2014) 10月21日(火)~10月23日(木) http://jcs2014.com/ja/   
チケット発売 :10月11日(土)よりticket boardにて発売開始!ご購入は、東京国際映画祭公式サイトへ。

■チャンネル名称:日本映画専門チャンネル
■視聴方法:スカパー!(BSch.255)/プレミアムサービス(ch.634)/プレミアムサービス光(ch.634)/J:COM/ひかりTV/auひかり/ケーブルTV
■視聴可能世帯数:約750万世帯(2014年7月末調べ)  
■日本映画専門チャンネル公式HP:http://www.nihon-eiga.com/

2012/01/14

保沢紀インタビュー② 渡せなかった上着

昭和34年「おとなの漫画」(フジテレビ・演出:椙山浩一)が始まった頃のクレージーキャッツやオヤジさんのことを聞いてみた。

保沢さんが高校を卒業した当時は就職難だったそうで、東京衣装の社長が学校の先輩だったツテで入社したとのこと。東京の右も左も分からないいわゆるお上りさん状態だったが、何せ番組スタートから8ヶ月休みなしで放送したわけだから、いやでも関係は深まり気心が知れてくるのは当たり前で、クレージーのメンバーには可愛がってもらったそうである。
「おい、今日な銀座の◯◯だからな、お前見に来いよ」とか「おい、飯喰いに行くけど一緒に来るか」
というようなことだったらしい。しかし8ヶ月休みなしの生番組とはいったいそういうことなんだ。大変だっただろうが、クレージーにしてみれば毎日テレビに出られるわけで、それまで一部のコアなファン層が一気に全国区へと広まったのだ。おそらく毎日が楽しくて仕方がなかったのではないだろうか。この辺は植木婦人に今度聞いてみようと思う。(私は今でも植木婦人の元へ1ヶ月に1回程のペースで通う)
これがいよいよスター街道を駆け上っていく始まりであり、「テレビの黄金時代」の始まりである。小林信彦詳しくはテレビの黄金時代 (文春文庫)参照

衣装さんの仕事とはその名の通り、劇に使用する衣装を用意し、扮装させることである。
おとなの漫画の場合、時事ネタを生でやるわけで、「朝刊の紙面からネタをひろって書くわけですから」と作家陣である青島幸男さん、砂田実さん両氏から同じ話しを聞いたことがある。
昼の番組だからゆっくり本を練ってもいられないわけで、出来上がるとスタッフが手書きで!できたての台本を写して配ったそうである。

でき上がった台本をもとに衣装を用意するわけだが、そんなんで間に合うんですか?と聞くと、「だいたい今日はこのネタだから登場人物がこうなるとか分かるわけだよな」と保沢さん。
そうして、役にあった衣装を毎日提供していたわけである。

ところで、保沢さんにオヤジさんの没後会うのは2度目だ。年末12月にも1度目のインタビューをしている。今回2度目だから、前のものを整理してさらに聞きたいことをまとめて望んだのだが、結構同じ話でループしがちになり(笑)、本線に戻しながら進めていったが、おさらいしながらしたと思えばよかったのかもしれない。

そして実は今回保沢さんに渡したかったものがあったのだ。
それはオヤジさんの自前の衣装なのだが、なぜ保沢さんに植木等の上着をもらってもらいたかったかというと、保沢さんは「おとなの漫画」以降もお正月の名物番組「新春かくし芸」CX(企画はなんとコリャまた椙山浩一さん!!)を担当し、オヤジさんに紋付袴の着付けをされていた。これは仕事なのだから特別な話ではない。じつは保沢さんは番組担当を離れてからも、毎年正月に植木等に紋付袴を着付けするためだけにフジテレビへ足を運んでくださっていたのだ。ボランティアということ。
毎年顔を出して今年も元気ですという挨拶ということだろう。しかし仕事でもないのに嫌な顔1つせずに毎年何十年と来ることができるだろうか。そこに入社以来の保沢さんの気持ちを私は見た。これが保沢さんにもらってもらいたかった理由である。

今回出かける前に保沢さんに電話でオヤジさんの上着を貰ってもらえませんか?と尋ねた。
保沢さんはサイズが無理だよという。背は同じくらいなのを知っていたから、問題は胴、胸回りということになる。
私は「いや、大丈夫でしょう、大丈夫と思います。とにかく持ってってみますから」と電話切った。

photo:ネーム[植木]

いくつか保管している衣装から保沢さんに似合いそうなのを選び持ち、着くなり着てもらったが保沢さんの体には合わなかった。合いませんでしたねえと言う私に、

「俺、プロだよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「オヤジさんの体型も知ってるしさ」
「そうでした、プロ中のプロでした」
「気持ちだけもらっとくから」

そうして上着は持ち帰ったのだが、せっかくだから上着にも登場願おう。
見ていただきたいのは襟裏のネームだ。
通常は胸内ポケット付近に入るものだが、オヤジさんの上着の多くはこの襟裏にネームが入っている。遊び心なのか。

私にもいたずらっぽく話されていたのを思い出した。
「これネーム入ってないだろ?」
「ホントですね」
「ここに入ってんだよ(襟をクルッと裏返しながら)、洒落てんだろ」

ちなみに多くの自前衣装を注文したのは[テーラー岩田]である。
素人から見ても仕立ての良さが一目で分かるし、着ればわかるという感じ。オヤジさんの友人に「植木さんどこで服作ってるの?紹介してください」と言わしめたほどである。

大変お洒落れでございましたよ。


「およみでない?」


つづく